先日、「尋常性乾癬とマラソントレーニング|走ることで症状が改善する理由」という記事を書いた。トレーニングを継続して適正体重を保つと乾癬の症状が治まり、不摂生をすると悪化する。20年前のサブスリー時代も、現在のトレーニング再開後も、この傾向は一貫している。
あの記事では自分の実体験を中心に書いたが、「なぜそうなるのか」という科学的なメカニズムについてはあまり踏み込めなかった。その後、自分なりに調べてみたところ、どうやら「血液の状態が関係しているのではないか」という直感はかなり的を射ていたようだ。今回はその科学的な背景を深掘りしてみたい。
乾癬の正体は「全身の慢性炎症」
前回の記事で、乾癬と動脈硬化やメタボリック症候群に「炎症」という共通点があることに触れた。
この点をもう少し掘り下げると、尋常性乾癬は単なる皮膚のトラブルではなく、全身性の慢性炎症疾患だということがわかる。血液中にTNF-α、IL-17、IL-23といった炎症性サイトカイン(免疫系の情報伝達物質)が過剰に放出され、その結果として皮膚のターンオーバーが異常に加速する。通常28日かかる皮膚の生まれ変わりが、乾癬ではわずか数日に短縮されてしまうのだ。
つまり、あの赤い炎症や鱗屑は「結果」であって、根本は血液を介した免疫の暴走にある。頸動脈エコーでプラークが見つかったことも、総コレステロール255という数値も、同じ「慢性炎症」という文脈で捉えると腑に落ちる。
内臓脂肪は「炎症の発信基地」だった
前回の記事で、体脂肪率14%台・内臓脂肪もほとんどない状態を維持できていると書いた。実はこれが乾癬の改善にとって極めて重要な意味を持っている。
脂肪組織、とりわけ内臓脂肪は単なるエネルギーの貯蔵庫ではない。肥大した脂肪細胞は内分泌器官として振る舞い、TNF-α、炎症型IL-6、レプチンなどの炎症性物質(アディポカイン)を24時間休みなく血液中に放出し続ける。
ここで注目したいのは、乾癬の最新治療薬(生物学的製剤)がまさにTNF-αやIL-17をピンポイントで標的にしているという事実だ。つまり、太っているだけで、治療薬が抑えようとしている物質を体内で自ら大量生産してしまっている状態なのである。
乾癬患者にメタボ体質の方が多いというのは、前回も書いたが、これは単なる偶然の相関ではなく、内臓脂肪→炎症性サイトカイン→乾癬悪化という明確なメカニズムで結びついている。マラソントレーニングで内臓脂肪を減らすことは、この炎症の発信基地を直接叩くことに等しい。
LSDは「天然の抗炎症薬」
マラソントレーニングの柱であるLSD(Long Slow Distance)に、思いがけない効能があることを知った。
有酸素運動時、骨格筋からIL-6というサイトカインが分泌される。IL-6と聞くと炎症を悪化させそうに思えるが、運動由来のIL-6は感染時に放出されるIL-6とは性質が異なり、抗炎症的に作用する。具体的には、運動由来のIL-6がIL-10やIL-1raといった抗炎症性サイトカインの産生を促し、全身の炎症レベルを押し下げる。
そして、この経路はLSDのような長時間の有酸素運動で特に強く活性化されるという。週末の30km走やペース走の後、なんとなく肌の調子が良くなる感覚があったが、あれは気のせいではなかったのかもしれない。
血液の質が変わるということ
「血液の状態が良くなった気がする」という漠然とした実感。これを裏付ける具体的な変化がいくつかある。
まず、全身性炎症のマーカーであるCRP(C反応性タンパク)が、定期的な有酸素運動によって低下する。これは健康診断の血液検査でも確認できる項目だ。
次に、アディポネクチンという抗炎症性の物質が増加する。痩せて運動習慣がある人ほど血中濃度が高く、血管保護作用もある。前回触れた頸動脈プラークの進行を抑える方向にも働く物質だ。
さらに興味深いのは、免疫のブレーキ役である制御性T細胞(Treg)が、定期的な有酸素運動で増加するという報告だ。乾癬はまさにこのブレーキが効かなくなった状態なので、Tregの回復は症状改善に直結する。
そして、適度な運動は体内で自然に作られるステロイドホルモン(コルチゾール)の分泌を適正化する。乾癬治療にステロイド外用薬が使われることを考えれば、内因性ステロイドが正常に機能することの重要性がわかる。
腸が皮膚を変える ―「腸皮膚相関」という考え方
近年注目を集めている概念に「腸皮膚相関(gut-skin axis)」がある。腸内環境と皮膚の状態が密接に連動しているという考え方だ。
有酸素運動は腸内細菌の多様性を高め、酪酸などの短鎖脂肪酸を産生する善玉菌を増やすことがわかっている。短鎖脂肪酸は先ほど触れた制御性T細胞の分化を促進し、腸管のバリア機能を強化する。
一方、乾癬患者では腸内細菌の多様性が低下していることが複数の研究で示されている。走ることで腸内環境が整い、それが回り回って皮膚症状の改善につながるという経路が見えてくる。
前回の記事で、飲酒を減らしたことも症状改善の一因と書いた。アルコールは腸内環境を悪化させ、腸管バリアを破壊することが知られている。マラソントレーニング再開後に飲酒を大幅に減らしたことは、腸-皮膚軸の観点からも理にかなっていたわけだ。
毛細血管の再生と皮膚への血流
マラソントレーニングを継続すると、全身の毛細血管が新生・発達する。これにより皮膚組織への酸素と栄養の供給が改善され、老廃物の除去も促進される。
乾癬の病変部では微小循環が障害されていることが多い。60歳を過ぎてのトレーニング再開は、加齢で衰えた毛細血管を再び活性化させる意味でも大きい。
すべてを「血液」がつないでいる
ここまで見てきたメカニズムを整理すると、こうなる。
マラソントレーニングで内臓脂肪が減少し、脂肪組織からの炎症性サイトカインの放出が減る。同時に、運動そのものが抗炎症性サイトカインを増やし、免疫のブレーキ役が回復する。腸内環境が改善され、腸-皮膚軸を通じてさらに免疫バランスが整う。皮膚の微小循環も改善し、組織の修復が進む。
これらすべてを媒介しているのが血液だ。血液は全身を巡る「炎症のメッセンジャー」であり、その質が変われば全身の炎症状態が変わる。コレステロール値やプラークの問題も、乾癬の皮膚症状も、根っこでは同じ慢性炎症という土壌でつながっている。
オーバートレーニングという落とし穴
ただし一つ、ランナーとして注意すべきことがある。
オーバートレーニングに陥ると、逆に免疫が抑制され、コルチゾールが慢性的に上昇して炎症が悪化する可能性がある。急激な体重減少もストレスホルモンのバランスを乱す。
計画的に段階を踏んだトレーニング、適切な休養、そして急がない体重管理。マラソン練習の基本原則が、そのまま乾癬の改善にとっても理想的なアプローチになる。目標としたマラソン大会に向けてトレーニングを積む中で、焦らず計画的にやることの大切さを改めて感じている。
走ることの意味
前回の記事の最後に「走ることが、私の体全体の健康を支えてくれている」と書いた。今回調べてみて、その実感が複数の科学的メカニズムに裏付けられていることがわかった。
60歳を過ぎてマラソントレーニングを再開したことは、タイムを追い求める以上に、体の内側から慢性炎症を鎮め、皮膚も血管も含めた全身の健康を立て直す行為だったのだと思う。走ることは、私にとって最良の薬なのかもしれない。